2013年12月13日金曜日
久しぶりに山に入る
この1ケ月半ぐらいの間は炭焼きの準備に追われていたが、やっと一段落し、後は「窯だし」を待つばかりとなったので、久しぶりに森の手入れ作業にと山に入る。西高東低の冬型気圧配置で本格的な寒波の襲来らしい。青空であるが、西側斜面は、鋸を持つ手がかじかむほどの木枯らしが吹きすさぶ。もう一気に落葉樹の葉は落ちてしまった。秋をほとんどすっ飛ばすように冬が到来した。久しぶりの山での伐採。鋸の感触が新鮮に感じられる。
枝に残る真っ赤に熟れた「サンシュユ(山茱萸)」の実が鮮やかな色が眼を誘う。そして、野生の「柿」も熟れはじめた。もう少しで、野鳥たちの御馳走となる日も近いだろう。
2013年12月11日水曜日
菊の炭の物語りを味わう
窯口で勢いよく燃え盛る薪の炎。いよいよ炭焼きが始まった。窯の温度をあげるため、強い火力が必要なので、1年以上も乾燥させた薪を使って火を焚く。躍る炎、赤く輝く炎、ずっと見ていてもまったく飽きない。子供も交え、10人ほどの炭焼き体験希望者と始めた今年の炭焼き体験第1日目の作業は、まず我々が苦労して作った「窯木(かまぎ)」を窯の前まで運び、中へと入れる作業である。細い窯木は奥へ、太い窯木は入り口近くへと、手渡しをしながら窯内に隙間を作らないよう縦に整然と並べていく。このドーム状の窯の広さは、直径約2m、高さは最も高いところで1.75mほどである。
そこに、その時の窯木の太さによって違いがあるが、今回は470本ほどの窯木を並べ、その上に、この地方では「バイタ」とよばれるクヌギの細枝を束にした柴を、ぎっしりと詰め込んでいく。この作業が結構大変で、狭い空間の中で、舞い上がる炭埃や扱いにくい窯木や柴と格闘しながら、最後は体を動かすのも、窯から抜け出すのもやっとという状態まで詰め込んでいく。この作業を終えると、トタン板で窯木と窯口を仕切り、薪を燃やすスペースを作り、予備燃焼をして、第1日目の作業は終了である。
そして、この日は公園のセンターにある囲炉裏(いろり)を使っての「お茶会」も行われた。別のボランティア・グループで茶道の心得のある方、そして地域の中学校の茶道部の生徒さんによるお点前である。ひたすら火を燃やす合間を縫って、我々もちょっと優雅なひとときを楽しむ。
夏の下草刈りなどの手入れをし、何年も時間をかけてクヌギを育て、葉が散った秋にはクヌギを伐採し、山から降ろして窯木づくりをし、窯に入れ、窯焚きを経て見事な「菊炭」に変身させる。そんな炭の物語が、お点前の静寂の中に、完結しようとしている。頂いた一服の抹茶のなかに、太閤秀吉の茶会の昔から続いてきた、その菊の炭の物語を味わう。
そして3日目、煙の色や量を観察し、煙道の温度を計測し、窯内の状態を推理しながら、ゆっくりと1日がかりで炭化を促進させ、4日目に炭化がほぼ終了したと判断し、煙道、窯口を完全に砂で遮蔽し、空気の供給を断つ。これが「くどさし」である。ここまでの作業をやっと終えた。この後は「窯出し(炭出し)」の日まで窯が冷めるのを待つのみである。今年の夏の異常ともいえる暑さ、例年より1ケ月早めた第一回目の炭焼き。一応考慮しながら、炭焼きを行ったが、どんな影響を炭の出来具合に与えているか、それは窯を開けてみるまでは分からない。またそれが楽しみなところなのだが ・・・。
2013年12月2日月曜日
一番大変な窯木降ろしをやっと終えた
この夏に邪魔な雑木や枝を伐って紅葉が映えるように手入れをした公園への登り口。そこの「イロハモミジ」のトンネルが、それは鮮やかに色づいた。来園者も口をそろえて感嘆してくれる。そんな光景を見ると何か我々の活動が報われたような気がしてうれしくなる。
さて、炭焼きの準備で一番大変な「窯木降ろし」をやっと終えた。太いものから細い窯木まで、降ろした窯木は千本は超えるだろうか。降ろしの作業を始めてから延べ6日間の作業。今年は、「やっと ・・・」という感が特に強い。しかし、斜面にゴロゴロと転がっていた玉木がすべてなくなり、平地に整然と積まれているのを見ると、達成感と共に、ある種の爽快感と、美しささえ感じるのである。さて、これで12月から始まる炭焼き本番を迎える準備が大方整ったのである。さて、来週は窯や道具の点検をせねば ・・・。
ところで、我々が焼く炭は、「白炭」と呼ばれる「備長炭」などと違って、「黒炭」である。この地方は昔は炭焼きが大変盛んだったところで、この地方で産した炭は池田に集積されたことから「池田炭」と呼ばれた。クヌギを材料とする炭で、その切り口が菊の花に似た美しい断面をもつことから「菊炭」とも呼ばれている。薫りも火持ちもよく、煙も出ず爆ぜないことから、太閤秀吉のころから今に至るまで、お茶席でも重宝されているという。我が遊びの山は、かってこのクヌギの林があった里山で、いまではもうすっかり炭焼きを生業とする農家は少なくなってしまったが、炭焼き技術を伝承するために、冬の時期になると我々は炭を焼いているのである。講釈はこのぐらいにしておきますが、私はもう10数回炭を焼いていますが、窯を開いてみるまではその出来が分からないので、何回焼いても、上手く焼けるだろうかと緊張します。まっ、その緊張感も楽しみなんですが ・・・。
窯木降ろしの作業を終え、帰りがけに見えるダム湖に映る一面紅葉の遊びの山。夕暮れ近い午後の日差しに輝いていた。
2013年11月30日土曜日
薪ストーブに火が入って ・・・
今朝、新聞を取りに玄関を出たら、鉢に氷が張っていた。今シーズン初めてである。そして、山の遊び場に向かうため、車のエンジンをかけたら、路面凍結注意の警告表示がフロントパネルに出た。3.5℃以下になると表示されるが、外気温は2℃を示している。寒いはずである。大阪では初雪を観測したとのニュース。
我が遊びの山のビオトープにもしっかりと初氷が張っている。こんな今季一番の寒さの中を、地域の幼稚園児たちが元気いっぱい遊びに来てくれた。公園と市の教育委員会が主催の「森の幼稚園」に参加するためである。我々の遊び場の公園で、探検や遊びをしながら、この公園に生息している動物や昆虫などを発見し、木の葉やどんぐりを採集して、里山に親しんでもらうという企画である。10月に実施する予定であったが、台風のため1ケ月ほど延びてしまったものである。
園児たちと一緒に散策路を廻り、この山に生息する動物、といってもほぼ実物大のイラストの看板をおいたものであるが、それらを発見したり、かって里山として盛んに利用されていたころの炭窯跡や、この地域特有の銀銅鉱採掘跡の「間歩(まぶ)」をみたり、どんぐり、クヌギやモミジ、ホウノキの葉やドングリを採集して遊ぶ。寒くて風も強かったが、天気は上々、園児たちは元気いっぱい。絶え間なく落ちてくる色とりどりの落ち葉や、紅葉の美しさに歓声をあげていた。そしてお楽しみのお昼ご飯は、我々が昔ながらの竈で炊いた古代米と具沢山の豚汁。3杯も4杯もお代わりする子も多く、その旺盛な食欲に感心する爺さんたち。そして午後は、どんぐり独楽(こま)と、どんぐり笛づくり。
管理センターの薪ストーブには、先週から火が入った。薪は我々が伐採したクヌギを十分乾燥したもの。暖かい炎。早速、園児たちが集まってきて、じっと炎を見つめている。本当に癒しの炎である。
2013年11月24日日曜日
疲れを癒す山の赤 ~窯木おろしは順調に~
炭焼き作業の工程の中で一番大変な「窯木おろし」。5日目が終わったが、ほぼ必要とされる「窯木」の数は確保できそうで、何とか順調に進んでいる。クラブ員の半数が腰痛持ちやら体力低下で、危険な斜面での力仕事はちょっと無理な状況の中で、まあまあの進捗度ではないだろうか。全部処理し終えるまでに、あと2日ほどかかるであろう。爺さんたちの疲れも多分ピーク。眼を癒してくれるのは、燃えるような「イロハモミジ/いろは紅葉」の燃えるような赤と、ポツンと梢に一つだけ残った野生種の柿の実 ・・・。
4連チャンではあるが、土曜日は、この地域の「里山サポーターズ・クラブ」の会員さん達が、我々の活動や活動の場を見学に来る「里山ツアー」のサポート、そして日曜日は、子供たちとの工作イベントと、疲れを癒せる息抜きの日が続く。
2013年11月17日日曜日
爺さんたちの体力が ・・・ ~始まった炭焼き作業~
炭焼き作業が始まった。「窯木おろし」、「バイタ作り」。12月初旬からの炭焼きに向けての準備作業である。クヌギ再生林の手入れ~伐採~窯木おろし~バイタ作り~炭焼きという一連の作業工程の中で、何と言ってもこの「窯木おろし」が、もっとも大変で安全に気を配らなくてはいけない作業なのである。
プロによる伐採を終えた後、大人の腕で一抱えもあるような太いクヌギの玉木や、大きな枝が急斜面一面にゴロゴロと散らばっている。それを人の力ですべて平地まで降ろし、窯木として使える玉木は太さ毎に、またそうでない玉木は薪にと分別して積み上げていく。また枝の中で太いものは所定の長さに伐って、窯木として使い、その他の細枝は、窯内での燃焼を助けるための「バイタ」として束ねるのである。1回の炭焼きで、窯木が約400本、バイタが約100束ほど使うのであるが、合計3回の炭焼きを行うのでその量は結構な量となる。伐採されたクヌギの本数が40~50本くらい、伐採したばかりでまだ乾燥しておらず、加えて今年の夏が長く暑かったため、木が水分を相当吸っていて重いのだ。
我々クラブの高齢化もさらに進み、爺さんたちの半分は、腰痛持ちやら体力低下で、危険な斜面での力仕事はちょっと無理な状況になってきている。そのため、危険度の少ないバイタ作りをしてもらっているが、これとてそう楽な作業ではない。人数を増やせばいいのだが、好きでなければできないこのボランティア、定年延長とやらで新人もなかなか入ってこない。まさに日本の林業の縮図ともいえるような状況。この作業を終えるのに、延べ6日ほどはかかると踏んでいるが、ともあれやっと前半の3日が終わった。作業する傍らで真っ赤に色づき、我々の疲れを癒してくれるのは、「イロハモミジ(いろは紅葉)」。
2013年11月10日日曜日
色鮮やかに変わっていく
ここにきて、朝夕の冷え込みがぐっと厳しくなってきた。そのため、遊びの山の紅葉が段々鮮やかに、そして深まってきた。
いくつかの近隣の小学校3、4年生の「自然体験学習」に来る。そのお手伝いのため、里山の話をしたり、ウォークラリーを通じて、秋に実をつける木を探したり、「台場クヌギ」やそれを材料にした炭焼きの話もまじえ、年々数が少なくなってきている「エドヒガン」櫻などについてちょっとだけ勉強をしてもらっている。
「どんぐり笛」を作るため、「クヌギ(櫟、椚、橡)」のどんぐり(団栗)を子供たちが集める。もうほとんどのどんぐりが地面に落ちてしまった中で、色鮮やかな葉に変わったクヌギの枝に、まだしっかりとしがみついているどんぐり。そして、なかなか見つけられなかった「ナナカマド(七竈)」の実。すっかり葉が落ちて、枝の先端にある実が見るようになってきた。しかし、まだオレンジ色である。こんな風にして、色が変わりゆく山の様子を楽しんでいるのである。
2013年11月9日土曜日
当分はやめられないボランティア
今年の炭焼きが近づいてきた。事情により例年より1か月早く、12月からの開始である。先週からその準備作業に入った。まずクヌギ再生林の林床整備である。クヌギの伐採はプロに頼むのであるが、その伐採作業をスムーズにするため、邪魔になる雑木やブッシュなどを、予め刈り取っておく作業である。その林床整備を行なった後が上段の写真。そしてクヌギを伐採した後の写真が下段である。
しかし、我々にとってはこれからが本番、大変な作業が待っている。太い幹は、チェーンソーで一定の長さの「玉木」に伐ってもらうのであるが、それも含め、枝などが斜面に置きっぱなしになっているのである。その「玉木」は斜面からおろし、平地にまとめて積み上げ、枝もまた一定の長さに伐って、太さ毎に積み上げるのである。そんなしんどい作業が控えていることは、皆十分に承知しているが、準備作業を始めたメンバーの顔は活き活きしているようだ。
この公園では、もう欠かせない存在になってきた我がクラブ。多少なりともお役に立って、さらに感謝もされているとすれば、もうそれだけでボランティアとしては大満足なのである。まだ当分の間は、引退はできないかな ・・・。
2013年10月6日日曜日
少し心配だ ・・・
遊びの山に自生している「カキ(柿)」。まだ色づいてはいないが、大分膨らんではきた。赤く色づき、熟して柔らかくなると、果肉たっぷりの柿の実は、小さな鳥にも人気があり、あまた群がってくるほど野鳥たちの格好の餌となるのである。この山には、「柿」の他、「リョウブ」、「ナナカマド(七竈)」、「ムラサキシキブ(紫式部)」、「カラスザンショウ(烏山椒)」、「エノキ(榎)」、「ハゼノキ(櫨の木、黄櫨の木)」、「ネズミモチ(鼠黐)」などの実も好んで食するようである。
さて、2週間ぶりに尾根筋の雑木の伐採を終えての帰り道、メンバーの一人が、異変を見つけた。太目の「コナラ(小楢)」の根元の周囲に細かい木粉が堆積している。よく観ると、樹皮に孔も空いている。どうも「カミキリムシ(髪切虫)」のそれにしては、木粉が細かい。恐れていた「ナラ枯れ」かもしれないのである。「ナラ枯れ」とは、「ナラ菌」というカビの仲間の病原菌と、その病原菌を媒介する「カシノナガキクイムシ」という体長5㎜ほどの昆虫によって、ナラ類、シイ、カシ類の樹木を枯らす「樹木の伝染病」であり、「松枯れ」とならんで、全国にその被害が拡大していて、深刻な問題になっている。近隣の山でも見つかったという報告もあり、我々の遊びの山にも飛び火してくるのは時間の問題と危惧して、この7月にもエリア内を調査したばかりである。その時は、発見されなかったのだが ・・・。
早速、管理事務所に報告し、早急に事務所から専門家に調査と鑑定をお願いすることになった。「ナラ枯れ」でなければいいが、少し心配である。もしそうであれば、専門家の指導を受けながら、早急に対策をとらねばならない。また新しき仕事?楽しみ?が増えそうだ ・・・。
2013年10月2日水曜日
エドヒガンの嫁入り先決まる
2011年6月に遊びの山から実を採種し、2012年の春に発芽、それから約1年半、我が家の庭先で育てた2本の「エドヒガン」の苗の嫁入り先が決まった。
最初は採種した遊びの山に返すつもりだったが、その山でも多くの実生苗を育てているので、山の仲間に望まれて、彼の家の横の公園へ移植することに決まったのである。とはいえ、やはり嫁入り先は気になるもの。遊びの山なら、我が庭同然で、その環境も熟知しているので、その成長度合いも確かめられる。聞けば、その公園、山の仲間も含め、ご近所の人たちが結構手をかけているという。
いずれはどこかに移植しなければならないし、我が庭では、今年も新たな種を採種して、直播きでの発芽・育苗に挑戦している。それならばと、その公園で育ててもらうことにした。この時期に移植して、ちゃんと根付くかどうかちょっと心配ではあるが、「例年より寒い」と予報が出ているこの冬をまず乗り切って、大きく育って欲しい。そしてやがては多くの人の眼を楽しませて欲しい。「エドヒガン」の寿命は千年と言われるが、もちろんそれまでは生きてはいないが、せめて花の咲くのを見てみたい ・・・。
新たな千年櫻の歴史の始め? おおげさな ・・・。
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